「今につながる音楽」 ピアニスト・作曲家 横山起朗 後編
Interview
作り手が、何を想い、どのように制作しているのか、背景なども合わせてご紹介していくシリーズ。
第1回は、ピアニスト・作曲家の横山起朗さんです。
私が、初めて横山さんの音楽を聴いたのは、約1年半前の福岡県大牟田市にあるカフェでした。
音楽のとらえ方も、人それぞれでしょう。その時に、流れていたCDアルバムの「she was the sea」からは、もの悲しさと心細さと何とも言えない感覚になったことを覚えています。何を想いながら作曲しているのか、その原点は何なのか、いつかお尋ねしたい思っていました。それから念願が叶い、曲のこと、大切にしていること、その他の活動などをインタビューしています。 (聞き手:店主 末永)
横山起朗 / Tatsuro Yokoyama
武蔵野音楽大学を卒業した後、ポーランド国立ショパン音楽大学にてピアノを学ぶ。現在は宮崎、東京、ポーランドを拠点に演奏活動を行い、CM やテレビ番組等へ楽曲の制作、「nuun」のグループ活動、MRTラジオ「be quiet世界で一番静かなラジオ」のパーソナリティをつとめるなど、日本と海外を行き来し幅広く活動している。
「If You Were Closer」 と「find」
横山
現在、手元にあるCDの在庫は個人活動の「If You Were Closer/Tatsuro Yokoyama」 と、グループ活動の「find/nuun」だけになりました。
これは4作目のCDの「If You Were Closer」 というタイトルで、「あなたが近くにいたらいいのに」という意味があります。その通りポーランドと日本の行き来が簡単にできなくなった時期に、電話すれば話せるしテレビ電話もできるけど、一旦気持ちを抑えてそういう気持ちを持ったままピアノに向かってみたらどういうものが作れるかなと思って、これは割と感情で作ったような曲集ですね。
もうひとつの裏テーマとしては夕暮れの時間の黄昏どきみたいなものをテーマにしていて、変な例えですけど昼と夜の間に夕暮れがあって、その時間があるがゆえに、こことここが会えないっていう感じ。昼間を会いたいひとに見立て、夜を自分に見立て、会えない時間が夕暮れ時だって言うということで、そういうこともちょっと入れたような曲が入っていて20曲ぐらい収録しています。でも短い曲も多いんですけどね。「she was the sea」よりも若干その音楽の温度というか体温がちょっと高め。あっちがすごく寂しい感じだったら、こちらは割と温かみのある感じで作りました。作曲したものと即興のものも候補に入れていて、かつ自分の中で新しい取り組みだったのはクラシックの曲を入れています。
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そうなんですね。
横山
「If You Were Closer」の中には、ヨハネス・ブラームスのインテルメッツォという曲があるんですけど、インテルメッツォの118を入れたのと、その下のエドワード・マグダウェルというアメリカの作曲家が作った 「to a wild rose」という野ばらのローズという曲と最後のオットリーノ・レスピーギという作曲家のシチリアーナのコーダって書いているものがあって、これらを組み入れたのも自分のなかで新しいことでしたね。
「barcarolle(バルカロール)」という曲が一番このアルバムの核になっている曲で、「舟歌」っていう意味があります。「舟歌」って8分の6拍子ですが、それを4分の4にして作っている曲で、波の上をたゆたうようなイメージがあります。元々、船乗りとかが歌っていたような歌の一節だったんですけど、そういう感じというより、海にちなんでいる音楽という意味合いでちょっと入れました。
横山
英語だとバルカロール、フランス語だとバルカローレで、語尾の発音が違います。チャイコフスキーもバルカローレという曲を作っていて、演歌の曲もありますよね。
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八代亜紀さんですね。
横山
バルカロールってあまりなじみのない言葉ですけど、「sunshade(サンシェード)」という曲があって、これに関してはピアノで入れた上にピアノを重ねて録音しています。RE:CONECTという和楽器とともに演奏している曲が入っているんですけど、それは琴とピアノのために作った曲なんです。そういうのはピアノ2台でアレンジしたという長めの曲ですね。
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曲の説明をしていただきましたが、ジャケットの写真も気になります。
横山
デザインやジャケットは、グンジキナミさんがやってくれました。
モデルさんがいて、このジャケットの写真も好きなんです。他にも、女性が寝転がっていたり、窓の外を眺めていたり、他のショットもあったのですが、なぜか、この写真が個人的に気に入って決めました。いろんな解釈ができるなと思います。座ろうとしているのか、奥に人がいるのか、何かを見ているのか。結構気に入っていますね。
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グンジさんとは、音楽と映像を制作するグループの『nuun(ヌーン)』 を組まれていますよね。
横山
『nuun』の音楽は、いわゆるエレクトロニクスですね。「find」には、写真が2枚入っています。長い写真が1枚と、収録曲が記載されているものが1枚。どちらもグンジさんが撮ったもので、写真もランダムで入っているんです。
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面白いですね。
横山
写真が5、6種類あって、手に取ったときしかわからない状態になってます。findっていうCDタイトルがついているんですけど、1曲目のfind という曲は、玉利くんとグンジくんと僕の3人で作った最初の曲がfind というタイトルだったんです。『nuun』 自体のコンセプトが、「過ぎていく時間をみつめる、みつめなおす」をテーマにしています。エレクトロ二クスのビートのある曲が多いので、音楽に速度感があるんですよね。割と早く過ぎていく感じが僕はそう感じるんです。そういうものを映像と音楽とともに何か捉えていくみたいなものをテーマにしています。
find っていうタイトルは、詩人のランボーかな。「見つけた、何に永遠を、それは二つの海と太陽の番だみたいな、繋ぐ番だ」という意味があって、そういう永遠じゃないけど、時間をテーマにしているんで、そういうものを永遠と見立てて、そういうタイトルを一番最初にもってきました。
全部で7曲入っていて、she was the sea という僕の曲をアレンジしたものと、宮崎を中心に活動しているギタリストの日高勝久さんと、和田玲くんというボーカルが、フィーチャリングで2曲入ってくれているので、それも素敵なので聞いてもらえると嬉しいですね。
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いいですね。
横山
気分をあげたいときに聴いた方がいいかな。でも全体的には激しくなくて、しっかりビートが効いていると思います。『nuun』のライブは一旦休憩になっちゃいますが、曲作りはしていきます。
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落ち着いたトーンの横山さん個人のピアノと、ビートの効いた『nuun』は、トーンが違うのでちょっとびっくりしました。私にとって、演歌歌手がヒップホップ音楽を歌うような感覚くらい違うものなのかなと思います。
横山
僕の中では、延長線上なんですけどね。奇をてらったことをしようというよりかは元々好きだったものが展開しているだけなんです。
今につながる
これまでのこと
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今までお話をお聞きしてきましたが、丁寧に言葉を選んでいる感じがして、音楽にも通じている気がします。
横山
性格かな。やっぱり音楽のときは特に言葉を選びますね。普通のときより、慎重に考えてしまうようになりました。だから昔はよくも悪くも真剣じゃなかったんだと思うんですよね。だってピアノでお金をいただくっていう発想はなかったですから。最初にピアノを弾き始めたのは習い事だったんで。だから勉強と一緒ですよね。普通は趣味になっていくものが仕事に変わっていきました。
分岐点が明確にはなくて、遊びの延長線上っていう意識ぐらいしかなかったんです。でも、いつの間にかそれが大事なものになって、そうなると慎重になるところも出てくるのかな。だから遊び心みたいなものも逆に求めてしまうのかもしれないですね。
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言葉といい、グンジキナミさんが編集長を務める、文芸誌の「文学と汗」に寄稿されていますよね。そういったお仕事も経験されていたんですか?
横山
バーの仕事と、それと僕のおじがライターの仕事していたんで、ご厚意というか何か文章を書かせてもらうこともありました。その他には、学生の演劇の作曲や、ピアノの伴奏の仕事、ベルギービール屋でも働いていろいろ経験しましたね。
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何かしら今に繋がる何かを経験されていますよね。
横山
結果的には。
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作曲も文筆も。
横山
ちょっとだけ小説家とかになりたいなとか思った時期もありましたね。でも、最近思うのは、好きなことより得意なことを極めた方がいいです。小説は好きでしたけど、得意ではなくて苦労しました。文筆は苦労も耐えられない苦労だったから、音楽は苦労するけど耐えられる苦労だし、どちらかというと音楽の方が得意なことだったので、得意なことをした方がいいんだなと。
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丁寧に言葉を選びお話する横山さんからは、これまでの経験の厚みを感じました。深みのある音楽が生まれた理由がわかった気がします。これから何かを目指す人にも読んでもらえたらいいですね。これからの活動も楽しみにしています。本日はありがとうございました。
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2023.5.12 release
「quiet new」 Tatsuro Yokoyama
去っていくピアノの残響を
両の手でゆっくり掬い上げるように。
ひとつひとつの音がうつくしい曲集です。
視聴はこちらから。